挫折を乗り越え 漫画家初の文化勲章、後進育成にも尽力
ボクシング漫画の金字塔「あしたのジョー」をはじめ、数々の名作を世に送り出してきた漫画家・ちばてつやさん
(87)が死去したことが分かった。最近では2015年12月から、ビッグコミックで「ひねもすのたり日記」を
連載していたが、今年9月、体調不良で休載すると発表。自身のブログも8月17日に執筆したのが最後だった。
戦争と貧困を経験した少年は、漫画を通じて人間の喜びや悲しみ、挫折から立ち上がる姿を描き続けてきた。日
本のスポーツ漫画を代表する作家となり、2024年には漫画家として初めて文化勲章を受章。作品の創作だけで
なく、後進の育成や漫画文化の発展にも尽くしてきた。
その半生は、戦後日本の漫画の歩みと重なる。ちばさんは39年1月11日、東京・築地で生まれた。本名は千
葉徹弥。幼少期を旧満州・奉天(現・中国遼寧省瀋陽)で過ごし、6歳だった45年に終戦を迎えた。父親は印
刷会社に勤め、家族は比較的恵まれた生活を送っていたが、日本の敗戦によって暮らしは一変した。
日本への引き揚げを目指す中、一家は父親の中国人の友人宅に身を寄せ、屋根裏部屋に隠れて生活した。食料も
十分にない過酷な環境。外で遊ぶこともできない弟たちを楽しませようと、紙切れに絵を描き、物語を聞かせた。
後にちばさん自身が漫画家としての原点だったと振り返る体験だ。 46年に帰国したものの、生活は苦しかっ
た。食べ物も乏しく、両親は自分たちの食事を削って子どもたちを育てたという。戦争によって日常を奪われなが
らも、家族に支えられて生き延びた経験は、ちばさんの創作活動につながっていった。帰国後、友人を通じて漫画
の世界に触れ、50年には漫画同人誌の制作に参加。高校生だった56年に貸本向けの作品でプロデビューした。
58年には「ママのバイオリン」で雑誌連載を始め、少女漫画でも活躍。61年に野球漫画「ちかいの魔球」で週
刊少年誌に進出すると、「紫電改のタカ」「ハリスの旋風」など次々と人気作品を発表した。
大きな転機となったのが、67年12月発売の「週刊少年マガジン」で連載が始まった「あしたのジョー」だった。
続き→
https://news.yahoo.co.jp/articles/74a452ad45dc0c196906c...
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