飯田市の遺跡から朝鮮半島由来の大壁建物跡、渡来文化の影響を考える
▼ページ最下部
001 2026/10/05(月) 14:09:12 ID:Fc3c..Db1.
003 2026/10/05(月) 15:32:32 ID:zOfLHEQi3A
>>2 遺跡は6世紀半ば〜後半らしいから、もしかしたら475年に百済が一旦滅亡した時の亡命百済人の受け入れ入植先なのかも知れん。
返信する
004 2026/10/05(月) 15:40:42 ID:d/gE8kKVAI
安心して下さい
今の中国(中共)・南韓国・北朝鮮は、全くの別もので
一時期、三国人の中にもそういう人達がいたという話・・・・
しかも
朝鮮半島で発見された土器のほとんどは縄文人由来のもの
渡来人が渡来する前に
現地で作っていたオリジナルを発見するのは至難の業
どこでどう違っちゃったんだろう (^。^; )
返信する
005 2026/10/05(月) 16:53:26 ID:972W/.awic
6世紀半ばから朝鮮人は日本に密入国していたんだな
返信する
006 2026/10/05(月) 22:17:08 ID:Ge6K/RENts
古墳時代からリニア時代
掘ったり埋めたり
忙しい土地だな
返信する
▲ページ最上部
ログサイズ:3 KB
有効レス数:6
削除レス数:0
不適切な書き込みやモラルに反する投稿を見つけた時は、書き込み右の マークをクリックしてサイト運営者までご連絡をお願いします。確認しだい削除いたします。
ニュース速報掲示板に戻る 全部
前100
次100 最新50
スレッドタイトル:飯田市の遺跡から朝鮮半島由来の大壁建物跡、渡来文化の影響を考える
レス投稿