飯田市の遺跡から朝鮮半島由来の大壁建物跡、渡来文化の影響を考える


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001 2026/10/05(月) 14:09:12 ID:Fc3c..Db1.
 古墳時代の信州、渡来文化の影響は―。飯田市上郷飯沼のママ下遺跡から、柱と壁が一体化した構造を持つ建物で朝鮮半島に由来する古墳後期の「大壁建物」跡が2軒分見つかった。県埋蔵文化財センター(長野市)によると、県内で大壁建物跡と位置付けられる遺構が見つかったのは初めて。同市内では近年、朝鮮半島で作られた百済土器や、半島の影響を受けた「L字形カマド」が相次いで出土。

https://www.shinmai.co.jp/news/article/gf01dap90lu29c62q...

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002 2026/10/05(月) 15:25:29 ID:zOfLHEQi3A
>>1
記事読めないけどこの話題の関連やね。
https://bbs120.meiwasuisan.com/sougou/1791033793/l5...
そら朝鮮半島渡来人の建物ではなく朝鮮半島派兵駐屯軍の帰還を意味する可能性の方が高いかな。
好太王に駆逐されなきゃ現地に根を下ろしたであろう武人一族だからね。移民が結構地方から派出されていたから、5世紀初頭の引き揚げ帰還を渡来人と勘違いされやすいんだよ。まあ、渡来人も少なくはなかっただろうけど、北九州や中国地方ならいざ知らず飯田市だと直接潜入はしないだろ。

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