外国人教員任用法の成立に尽力
在日韓国人の徐龍達が推進していた公立の大学における外国人教員の任用等に関する特別措置法成立のため、
藤波孝生、森喜朗らと尽力をした
北朝鮮へのコメ支援
2000年(平成12年)に外務大臣として国連からの要請は19万5千トンで山崎拓と共に北朝鮮からの食糧要請は最大限すべきであり、
拉致疑惑のせいで支援出来ないのは議論の余地があるとして北朝鮮への50万トンのコメ支援を決定した。
しかし拉致問題などが進展しない中で国連の要請を遥かに超える支援には、その算定根拠や決定過程の不透明さも相まって批判が多かった
台湾への対応
1995年(平成7年)にタイ王国の首都バンコクで行われた東南アジア諸国連合外相会議に議員として出席した際、
搭乗した飛行機が機体不良で台湾に緊急着陸した後に、中華人民共和国外交部長(外務大臣)だった喬冠華に会った際に
「私は台湾の空港で一歩も外に出ませんでした」と述べた[
李登輝訪日への反対
2001年(平成13年)の台湾の李登輝前総統訪日に中華人民共和国からの強い抗議を受けて、自らの外務大臣辞任をほのめかしてまで入国ビザ発行に反対した[50]。最終的には森喜朗首相の指示によりビザが交付され、河野は辞任しなかったものの、頑なな親中姿勢や政府内に混乱を招いたことで批判を浴びた
戦没者追悼式における発言
2006年(平成18年)8月15日、全国戦没者追悼式の衆議院議長追悼の辞で、当時の天皇明仁、皇后美智子が出席する中、「戦争を主導した当時の指導者たちの責任をあいまいにしてはならない」と戦争責任論に言及し、2007年(平成19年)8月15日全国戦没者追悼式の衆議院議長追悼の辞においては、「日本軍の一部による非人道的な行為によって人権を侵害され、心身に深い傷を負い、今もなお苦しんでおられる方々に、心からなる謝罪とお見舞いの気持ちを申し上げたいと思います 」と天皇皇后と戦没者遺族が出席している中で述べた
靖国神社に関する発言
安倍総理大臣が靖国神社に参拝したことについて「まったく評価しない。今やるべきでないことをやっている」と批判している
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