スウェーデンなどで見られる見直しも、一律の「デジタル撤退」
と読むべきではありません。低学年での使用を慎重にする、
読解場面で紙の役割を再評価する、使用場面を限定する、
といった動きはあります。
しかし、それは「デジタルそのものを否定する」というより、
発達段階、教科内容、授業設計に応じて使い方を再設計する
動きと見るべきです。
低年齢の子どもでは、注意の選択や抑制、ワーキングメモリーが
発達途上にあります。画面遷移、リンク、動画、通知、別アプリへの
移動などが加われば、学習内容から注意が逸れやすくなる。
北欧で問題化しているのも、設定された教育目標達成に向けて、
発達段階と使用場面の関係をどう制御するかという論点です。
本来、北欧の事例を日本で参照するなら、日本の教育制度、学級規模、
教員配置、ICT環境、家庭背景、授業文化が北欧と同じなのかを
検討しなければなりません。ところが、この部分はあまり議論されません。
現地では年齢、教科、使用時間、読解場面、教師支援、学校制度
といった条件をめぐる調整として語られることも、
日本では「北欧はデジタルで失敗した」「紙に戻した」という一本の
物語に圧縮されやすいのです。
すべての機器には利点と懸念点があります。紙とデジタルを比べれば、
後者の方が多くの機能を含み、一般的に自由度は高い。これは大きな
利点である一方、戦略を十分に組み立てないまま使えば、便利さ
そのものが注意資源を奪い、時に学習を妨げることもあります。
問うべきなのは「デジタルが悪いかどうか」ではなく、どの学年で、
どの教科で、どの場面で、どの機能を、どの程度使うのかという設計です。
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