現在の歴史学界・考古学界における主流派の見解
神武から継体までの系図は、実在した王たちの断片的な記憶に、「時間稼ぎの架空の天皇」「別系統の王朝の歴史」「協力者である有力豪族の系図」をパズルのように組み合わせ、
あたかも「最初から一つの血筋(男系万世一系)だった」かのように見せかけた壮大な編集物(ツギハギ)である可能性が極めて高いと言えます。
1. 「神武~継体」の系図はツギハギの可能性大
初期の天皇系図は、実在した王たちの断片的な記憶に、以下の要素をパズルのように組み合わせた「壮大な編集物(ツギハギ)」である可能性が極めて高いです。
時間稼ぎの創作: 初代の即位を無理やり大昔に設定したため、空白を埋める架空の天皇(欠史八代)を足した。
別王朝の合体: 崇神天皇の系統(三輪王朝)と応神天皇の系統(河内王朝)という、本来は別々の王権を「親戚」として1本につなげた。
豪族の取り込み: 周辺の有力豪族の系図を、天皇から枝分かれした血筋(皇子)として天皇系図に組み込んだ。
2. 応神から継体への系図も後付け(創作)
地方(越前・近江)から迎えられた継体天皇は、既存の王朝とは血のつながらない「新王朝の始祖(別の武力勢力)」だったと考えられます。
皇族の資格ギリギリである「5世の孫」という都合のよい設定にされている。
途中の先祖(3人)の名前や実績が不自然なほど残っていない。
即位後、大和(奈良)に入るまでに20年も拒絶されている。
前大王の姉妹(手白香皇女)と結婚することで、強引に血統の正当性を得ようとした。
3. なぜこのような工作が必要だったのか?
7世紀後半~8世紀初頭(天武・持統天皇の時代)に『古事記』や『日本書紀』が作られた際、国家の最高権力者として「天皇の血筋は、初代(神の血統)から一度も途切れずに男系で続いている(万世一系)」という絶対的な物語が必要だったからです。
そのため、過去の歴史を都合よく書き換え、1本のきれいな系図に仕立て上げました。
結論として、「記紀の系図には後世の創作やツギハギが多分に含まれており、そのまま事実としては扱えない」というのが現在の歴史学界の揺るぎない見解です。
そのうえで、「では、そのツギハギの裏にある『本当の歴史』はどうだったのか」を巡って、今も激しい議論や研究が続けられています。
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