「日本赤軍」 岡本公三メンバー(78)死亡
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001 2026/07/24(金) 11:52:47 ID:P85RqKFR/k
【7月24日 AFP】1972年にイスラエルの空港で発生した乱射事件の実行犯でレバノンに亡命していた元日本赤軍の岡本公三容疑者(78)が23日、死亡した。武装勢力「パレスチナ解放人民戦線(PFLP)」が発表した。
PFLPによると、岡本容疑者は、親イラン武装組織ヒズボラの拠点である首都ベイルート南部の郊外で死亡した。戦闘名はアハマド・アル・ヤバニ(日本人アハマド)。
1972年5月30日、岡本容疑者ら3人がロッド空港(現ベングリオン空港)で銃を乱射し、約100人を死傷させた。犯行は、日本赤軍と連携していたPFLPにより計画されたという。
他の2人は死亡し、実行犯で唯一生存した岡本容疑者は、イスラエルの裁判で終身刑となったが、1985年にパレスチナ側との捕虜交換で釈放。レバノンで潜伏していた岡本容疑者は1997年、違法滞在の容疑などで検挙されたものの、親パレスチナ団体によるデモの後、2000年に政治亡命が認められた。その後、PFLPの保護下で生活していた。
https://www.afpbb.com/articles/-/364536...
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002 2026/07/24(金) 11:56:47 ID:9af1jp1poI
親族はどういう気持ちでその後を生きてきたのだろうか
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003 2026/07/24(金) 12:17:39 ID:P85RqKFR/k

岡本 公三(おかもと こうぞう、1947年〈昭和22年〉12月7日 - 2026年〈令和8年〉7月23日)は、日本の新左翼党派・共産主義者同盟赤軍派のテロリスト。『テルアビブ空港乱射事件』の実行犯の一人。
一般には日本赤軍メンバーとされるが、正確には日本赤軍成立前のメンバーで、イスラエルからの釈放後にレバノンに亡命し、日本警察から国際手配された[1]。よど号グループの岡本武は実兄。
生い立ち
熊本県葦北郡芦北町で、小学校校長の子として生まれる[2]。熊本マリスト学園高等学校卒業。
長兄と次兄・岡本武と同じ進学先である京都大学を二度受験したが失敗し、1968年(昭和43年)、鹿児島大学農学部に入学[3]。1971年(昭和46年)、鹿児島大学にやってきた若松孝二・足立正生監督の映画『赤軍-PFLP・世界戦争宣言』に共鳴し、上映運動を展開する「赤バス隊」に参加[4]。1972年3月、共産主義者同盟赤軍派に加わった[5]。
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004 2026/07/24(金) 12:24:52 ID:uzq5mHTl1E
005 2026/07/24(金) 12:28:12 ID:.AL//rhL2c
>>2 岡本公三の兄弟、兄二人は京都大学進学で、次兄は「よど号事件」のメンバーで北朝鮮で死んだ
(反体制的な主張で処刑された?)。
岡本公三はイスラエルで終身刑になったが、父親は極刑を求めていた。
父は校長先生で、事件後に、イスラエル首相に謝罪の手紙を送った。
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006 2026/07/24(金) 12:50:24 ID:BI4WjIY3..
007 2026/07/24(金) 13:03:30 ID:29.nudLhQQ
こんなカビの生えた骨董品みたいな奴、死んで世の中がスッキリしたんや。
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