■1986年の渋谷と東急ハンズが持っていた「情報の価値」
1986年の冬、大学受験のために初めて上京した私は、浜松育ちの田舎の高校生だった。
渋谷に着いてまず向かったのが、当時「モノ消費の聖地」だった東急ハンズだった。
店内に足を踏み入れた瞬間の衝撃は今でも忘れられない。
祭りのような人混み、浜松では見たことのない輸入文具、DIY用品、アート道具。
「こんなものが世の中にあるのか」という純粋な驚きが、全身を包んだ。
今の若い世代には理解しにくいかもしれないが、当時の東急ハンズは単なる雑貨店ではなかった。
スマホもネットもAmazonもない時代、「渋谷に行く」こと自体が情報収集であり、未来を見る行為だった。
東急ハンズはDIY用品から輸入文具、キッチン雑貨、パーティーグッズ、アート用品まで「人生にはこんな趣味や世界がある」と教えてくれる場所だった。
地方都市では絶対に見られない商品編集力がそこにはあった。
1986年はバブル直前。「モノを持つこと」「新しいものを知ること」が強い上昇感覚と結びついていた時代だ。
コスパやタイパではなく、「こんなものが世の中にあるのか!」という驚きそのものが価値だった。
東急ハンズはまさにその象徴だった。
■なぜ渋谷店は苦境に立たされたのか
消費経済アナリストとして、東急ハンズの衰退には複数の構造的要因が重なっていたと分析する。
最も大きかったのはネット通販の台頭だ。ハンズの価値の核心は「知らない商品との偶然の出会い」にあった。
しかしAmazonやネット通販が、検索・レコメンド・レビューでその体験を代替し始めた。
「ハンズで見てAmazonで買う」という消費行動が定着した2010年代以降、圧倒的な物量を誇った東急ハンズの存在意義は揺らいでいった。
加えて渋谷という立地の変化も大きい。渋谷店の面積は5494平方メートルで約10万種類の商品を取りそろえてきたが、JR渋谷駅から徒歩8分という立地が足かせになった。
渋谷駅周辺の再開発が進み、スクランブルスクエアなど駅直結型施設に人流が集中する中、駅から遠い路面店への回遊は減少した。
かつての渋谷の求心力——センター街の少し危ういカオス感、小さなレコード屋や輸入雑貨店——も薄れ、街の顔はMEGAドン・キホーテに移り変わっている。
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/35964fe3422476...
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