>>9 >>11 >>15 高校の最寄り駅がJRと私鉄と地下鉄の乗換駅でチョッとした地下街まである小さなターミナル駅だったんだが私学2校、公立3校が利用してた。
その中の公立の一校は帰宅時間になるとターミナル駅周辺に教師数人が立ち、中には竹刀を持った教師もいた。
同じ中学だった顔見知りがいたので、なに?と聞くと帰宅時に一切の飲食店やゲーセンや物販店に立ち寄らない指導ということで驚いたことに
それを求めたのは保護者だったとの事。
一方で我が校は?といえば喫茶店からハンバーガー屋から女子なら焼きたてパンの店のイートインコーナーからプリクラ機まで
探せば必ず何処かにいるという状態、対して一切の立ち寄りを禁止し、しかもそれが保護者からの要求だと聞いて愕然としたのを覚えている。
中学の同級生曰く保護者が乗り込んできて保護者会の総意となって全校集会が開かれて周知徹底が為された、これが経緯だったとの事。
当時は、色んな学校があるんだな~程度だったけど、その後の知見によって親の教育放棄と、それに増して重要なのは高校になって
イキナリ人格が形成されるわけではなく小学校から中学校を経て形成されるわけで
>>1趣旨に言うと『そんな子に育てた親に責任がある』と知る。
といいつつ自分の親が特段の教育や指導を行ったとは考えていない。が、考えられることとして我が家は爺さん婆さんも大卒で(婆は短大)
両親の兄弟もすべて大卒で、なにかを言われたことは一度もないが小さい頃から大学には行くものだ、という認識をしていた。
さりとて当世の若者と変わらず大学に行って何をする?何を目的に進学する?等は一切なく漠然と大学には行くものだという認識のみ。
それでも特に中学以降、高校までは大学進学というミッションが日々のルーチンであり、消極的ながら目標となっていたことは事実。
対して目標のない若者、スポーツや部活でさえ没頭することなく、日々を漫然と過ごし正に目標のない若者が問題な事は間違いなく
やはり、そういう若者に育ててしまった親の責任は重いと言わざるを得ない。
>>15の指摘も理解するが、今に始まった事ではなく何十年も昔から親による学校や教師への他責、これが根本原因の一つなことは間違いない。
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