牟田泰子さんがかたくなに口を閉ざした理由
https://www.dailyshincho.jp/article/2025/12040955... 救出から3日後、病室でベッドに横たわったまま約10分ほど初の記者会見。
一問一答の全てが記事に掲載されたわけではなく「犯人は脅すようなこと
を言ったでしょうか」と問われ「いいえ」と答えた部分や「退院したら、まず
何がしたいか」との問いに「みんなと遊びたい」と語ったくだりが
抜き出されて報じられた。
不謹慎な答えではないのに「犯人に同情的だ」「お前のために警官が亡くなったのに」
などと批判されカミソリが同封された脅迫めいた手紙まで届くようになる。
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ふと泰子さんが口を開いたのです。御守りを犯人から渡されたと報じられていますが、
私が持っていたものですとおっしゃった。新聞や週刊誌には自分が言った覚えのない
ことがたくさん記事になった、犯人に大切にされたなど一言も言っていませんとも
話してくれました。
「聞かれたことに答えただけでなぜ問題にされるのか、私は死んだ方がよかったのか、
と泰子さんは悩み、口を閉ざした、私も悔しかったと郁男さんは静かに振り返っていた」
昨年、老人ホームに入り、11月13日、85歳で逝去。
「悲報はその日のうちに郁男さんから伝えられました。年に2~3回は電話で話していました。
事件を考えることはないと言いながら、心の中では終わっていなかったと思います」
自分のため警官が犠牲になったと感じ続けた。慰霊の日には人目を避け、夫妻で花を
手向けていたという。
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